アメリカ大リーグ選手OBの暴露本がきっかけで、アメリカのスポーツ界にドーピング問題が重くのしかかっている。常に他の選手の上を行かなければならないというプレッシャーのなか、自分を信じることが出来ないのだろうか。他の選手も使用しているのだから自分も使用しなければ勝つことが出来ないと、ついつい手を出してしまうのだろうか。プロとはいえ弱いものだと思いつつも、我々の想像を絶するプレッシャーの世界で勝ち抜くには大変なのだろうと、少し同情してしまう。
というのも、医師という一科学者として私は、選手に対してよりも、選手を悪の道へと導いてしまう科学者たちに怒りを感じるからである。一言にドーピングといっても、筋肉増強のためのステロイド剤や一気にパフォーマンスを上げるような興奮剤、その他にも輸血して有酸素能を向上させるための血液ドーピングなど様々なドーピング方法がある。ある薬物が、ドーピングとみなされれば、規定のすき間をぬってまた新しい薬剤が出てくる。科学者たちが新しく開発し、それを悪い医師やトレーナーが選手に紹介する。選手たちの弱い心につけ込む「笑うセールスマンの喪黒福造(ちょっと古いですか)」みたいな奴らが、スポーツ界を汚しているのである。
先日、「明日試合があるので、『にんにく注射』をして欲しい」と言うあるスポーツを行っている方が来院された。この「にんにく注射」とやら、どうやらある医師がある大物プロ選手に使用したことで、スポーツ界や芸能界に蔓延したようである。実際に、流行らせた医師に確認したことは無いが、おそらくビタミン剤のタップリ入った点滴を行っているのだろう。そのビタミンの臭いがにんにくっぽいので、注射を受けたものが言い出した俗称が流行ってしまったものと思われる。ビタミン剤なので、ドーピングではない。しかし、サプリメントなどで十分に補給が可能なビタミンを、注射であえて補給する必要があるのだろうか。飲んで補給するより注射したほうが効く感じがするからとか、選手が安心するからといった理由で、選手の希望通りにホイホイと行ってあげる必要があるのだろうか。時には必要なときもあるであろう。もしかすると、これを流行らせてしまった医師も、初めは選手が嘔吐や下痢で栄養摂取不十分だが、どうしても今日の試合に出してあげたい、といったような状況で使用したのかもしれない。しかし、医学的必要性のないときに、選手の言いなりで行ったり、自己利益のために行う医師に、スポーツドクターという言葉を名乗って欲しくはないものだ。
この日、「にんにく注射」をご希望の方には、その内容についてきちんとご説明し、「私は、利益のためにスポーツクリニックを行っているのでは無い。スポーツを行っている人々をきちんとケアしたい、また流行ものに騙されて間違った方向に行かないようにしてあげたい、という思いで行っています。頑固者で申し訳ないが、こう見えても真面目者なので必要性のないものは行いません。」と丁重にお断りした。この方が、「何だこの頑固者め」と、わざわざ他のクリニックへ行って「にんにく注射」をうってないことを願う。
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