「第3回スポーツ外傷講義 : スポーツによる肩の障害」 2004/12/17
はじめに
 野球など肩よりも手を高く上げる動作が必要なスポーツでは、肩の痛みを出すことは珍しくありません。肩のスポーツ障害には様々なものがあり、とくに野球においては多種多様で、野球による肩の障害すべてを総称して野球肩と言ってしまうこともあります。しかし、もし病院・診療所に行かれて、医師からどこがどうなって痛みを出しているのかという説明が無く、総称である「野球肩です」と言われたとすれば、その医師は結局病態が分からなかったからそう言ってごまかしたと思って頂いて結構でしょう。同じようなことで、よく患者さんから「他院で成長痛って言われたのですが・・・」と聞きますが、実際医学用語としてそんな病名は無く、何の説明も無くそう言ったのであれば、その医師は結局診断できなったと判断されていいと思います。
 さて、野球による肩障害を一つ一つ説明申し上げていては、きりがありません。しかしながら、だいたいの野球肩はほぼ同じようなことが原因で障害をきたしていますので、今回はそれについてお話しいたします。

肩関節はもともと不安定
 関節を安定させる要因として、骨の構造がまず挙げられます。つまり、2つの骨の接地面が多いほど関節は安定します。(狭義の)肩関節は、上腕骨(腕の骨)と肩甲骨からなりますが、お互いの接地面は非常に少なくいろんな方向に動かすことが出来る変わった関節なのです。逆に言うと、あらゆる方向に動く分、他の関節と比較し不安定なのです。

腕を上げる動作でどこが動く?
 腕を上げる動作では、始めの20°は腕のみが動いていますが、それ以上の角度では腕は肩甲骨と共に2:1の割合で動いています。例えば120°腕を上げたら、60°肩甲骨も動いていると考えてください。肩を動かす動作は、腕の骨と肩甲骨の協同作業なのです。

投球動作に必要な身体を捻る動きはどこが回っている?
 多くの方は、腰が回っていると思われているでしょう。確かに腰が回っているのですが、実は腰椎自体は、解剖的に回転にほとんど貢献していません。脊椎は一つ一つの椎骨がかみ合わさってできており、その椎骨同士は曲げたり反らしたりする方向には大きく動くのですが、解剖的には回転方向に動く角度は1〜2°だけなのです。これは一つ一つの椎間レベルでの話ですので、単純計算で例えば5つの椎骨の回転したとし角度を合計すると全体で5〜10°は回転するのですが、所詮これだけです。では、投球動作であれだけ身体が回るのは何故かと言うと、@体幹回りの筋肉がストレッチされているA骨盤(股関節)が回っているからなのです。つまり、これらの柔軟性がないときれいな回転で投球できないということになります。

球のパワーの源は?
 実際野球をされる方はお分かりでしょう。どれだけ力がある人でも、腕だけを思いっきりぶん回したところで、プロ野球選手のような速い球を投げることは出来ないですよね。また、ゴルフをされる方もよくお分かりだと思います。力いっぱいクラブを振り回したところでプロのような飛距離は得られません。そうです、下半身がしっかりしていないとパワーはうまく手先まで伝わらないのです。プロ選手のおしりが大きいのは納得いくと思います。ムチ(鞭)を思い浮かべてください、手元がフラフラしていてはムチの先端にしっかりパワーが伝わりませんよね。投げたり打ったりする動作は、下半身がしっかりしているところに、きれいな回転が加わり、さらに肩甲骨と腕の協調運動があって始めて手へ最大のパワーが伝わっていくのです。

キーワード
 では、上記のことから投球動作のキーワードをおさらいします。
「下半身」「柔軟性」「回転」「股関節」「肩甲骨と腕の協調運動」

肩のスポーツ障害の発生機序
 肩関節の解剖をもう少し詳しく説明すると、肩関節は始めのほうで申し上げたように元来骨の解剖上不安定なため、それを安定させるためのサポート役がいくつか存在します。一つは、肩甲骨側に存在しているもので関節唇(かんせつしん)と呼ばれる軟骨様のものです。これは肩甲骨の腕の骨がはまっている部分の周囲を縁取りするように付いており、腕の骨との接地面積を少しでも多くし安定させようとする働きがあります。もう一つ重要なのは、腱板と呼ばれる筋肉群で、関節を前方から後方まで4種類の筋肉で関節を包むように存在し、関節を安定させています。野球界ではインナーマッスルと言われる方もいます。スポーツによる肩の障害は様々あるものの、大半は関節唇か腱板もしくは両方に傷が入って痛くなると考えていいと思います。
 関節唇や腱板に傷が入ったり炎症が起きたりするのは、動作時に腕の骨が本来あるべき肩甲骨の位置にから離れてしまうことによって、関節唇が剥がれてきたり、腱板の一部が他の部位に擦れてしまうからです。つまり、「肩甲骨と腕の骨の協調運動」が行われていないときです。なぜ肩の部分で協調運動が起きないかというと、パワーを伝える土台の「下半身」の力が不十分であったり、さらに下半身の「柔軟性」が欠けていると重心移動がうまくいかない、また「股関節」の「回転」も硬いとパワーをうまく手へ伝えきれずに腕だけが先行してしまう。などのことが重なり合っていることが原因であります。野球で肩を痛めているという患者さんを診ると大抵の方が、ふくらはぎ・太ももの裏が硬い!股関節が硬く回らない!という状態です。肩のスポーツ障害は、まずはパワーの源である下半身から見直していかなければならないことが多いのが事実であります。
 
おわりに
 肩のスポーツ障害は、複雑で文章では説明しきれないことが多くあります。今回は、障害予防のために、普段皆さんが気をつけてストレッチなどをきちんと行っていって下さればと思い、意外と下半身が重要なのですよというお話しをしました。明日からでもストレッチを頑張ってみて下さい。

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